横浜地方裁判所 昭和35年(ヨ)478号 決定 1960年11月15日
申請人 田上光治 外二一名
被申請人 中央交通株式会社
主文
一、被申請人は申請人等に対し昭和三十五年十月一日以降本案判決確定にいたる迄毎月二十七日別紙第一記載の金員を仮りに支払え。
二、申請人等のその余の申請は之を却下する。
三、申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
第一、申請の趣旨
申請人等は
一、被申請人は申請人等をして被申請人の行う乗用車による旅客運送業務に就労させなければならない。
二、被申請人は申請人等に対し昭和三十五年十月一日以降別紙第一記載の平均賃金を仮りに支払わなければならない。
三、前項について被申請人は申請人等に対し、現に就労中の神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部横須賀分会会員である従業員と差別待遇してはならない。
との裁判を求めた。
第二、当裁判所の判断
被申請人は旅客自動車運送事業等を営む会社であり、申請人等は自動車運転員として被申請人に雇傭され、各乗用車を運転し、被申請人会社の賃金規則に従い本人給(固定給)の外歩合給及び諸手当を支給されていたものであるところ、昭和三十五年七月一日被申請人会社横浜営業所の従業員で組織されている神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部横浜分会が被申請人会社の命令による配車方法に反対し、全面的無期限ストに突入し、同支部横須賀分会もこれに同調しストに突入した際、右スト以前より同分会より脱退していた申請人等を含む交友会会員及び非組合員二名は右ストに参加しなかつたところ、前記ストは同年七月十日終了した。しかして、その後神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部は右ストに同調参加しなかつた申請人等を被申請人会社より解雇せしめんことを意図してか、ユニオン・シヨツプの規約すら存在しないのにもかかわらず被申請人会社と交渉し、被申請人も又申請人等に無断で昭和三十五年七月二十一日神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部との間に申請人等の件に関し、話合が終了し円満解決する迄、申請人等を就労稼働せしめない旨を契約し、その結果被申請人会社は申請人等の就労を拒否したので、申請人等は被申請人会社に対しその不当を責め就労及び休業補償を求め、同年七月二十九日中央交通従業員労働組合を組織し、被申請人会社と団体交渉の結果、同年八月一日被申請人会社との間に、被申請人会社において速やかに申請人等を就労せしめる措置を講ずるとの口約を信じ、昭和三十五年七月二十一日より今後就労の件に関し話合解決にいたるまでの間、労働基準法第二十六条にもとずく平均賃金の百分の六十の割合の金額を受領する旨の休業補償協定ができたこと。その後被申請人会社は申請人等を就労せしめる措置をとらなかつたので申請人等は被申請人会社に対し昭和三十五年九月十日に、同月十五日迄に申請人等を就労稼働せしめない場合は、前記休業補償協定を破棄する旨の通告をなしたこと。しかしながら右九月十五日を経過するもなお被申請人会社は申請人等をして就労せしめていないことは当事者間に争いがない。
(一) よつて被申請人会社の申請人等に対する右就労拒否の当否につき検討する。
被申請人が申請人等の就労を拒否するにいたつた経緯は、神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部との間の昭和三十五年七月二十一日付の契約の結果であることは前記説明により明らかであるが、前記の如くユニオン・シヨツプ協定のない本件の場合には、被申請人は右契約によつては単に神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部に対し申請人等をして就労せしめない債務を負担するにとどまり、この契約をもつてただちに申請人等の意思に反し就労を拒否し得る正当事由となし得ないものと解すべきであるところ、疏明によれば被申請人会社は、就業規則等にもかかる場合をもつて就労拒否又は休職の事由としていないのにもかかわらず、申請人等の就労を拒否した結果、同年八月一日にいたり、申請人等は被申請人会社と神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部との間の話合が今後一週間乃至十日位おそくとも一ケ月以内には成立しこれによつて申請人等の件が解決され得るものと信じ、又被申請人会社もかかる前提のもとに前記休業補償協定を結び、その結果申請人等は被申請人会社の措置を一応是認して就労を停止したものであることが認められる。従つて右経過及び事柄の性質からみれば、被申請人会社と神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部との話合解決に必要な前記期間を経過するも解決をみない場合には当然一方的にその協定を破棄失効せしめ得るものであることを予定していたものと解するのを相当とするところ、申請人等は前記期間の経過後である同年九月十日付をもつて、同月十五日迄に申請人等を就労せしめない時は右休業補償協定を破棄する旨を被申請人会社に通告し、被申請人会社は右九月十五日を経過するも申請人等を就労せしめなかつたことは既に説明したところであるから当然に同日の経過をもつて右休業補償協定はその効力を失い、以後申請人等は被申請人に対し適法に労務の提供をなし得るに至つたものというべく、疏明によれば申請人等は同年十月一日就労を求め、現実に労務の提供をなしたものであることが認められるから、同日以後被申請人会社は受領遅滞におちいり民法第五百三十六条第二項の責任を負担するに至つたものというべきである。
(二) 以上の次第で申請人等は昭和三十五年十月一日より賃金規則所定の賃金全額の請求権を有することが明らかであるところ、疏明によれば賃金の支払日は毎月二十七日であること、申請人等の、その就労を拒否された前三ケ月間の本人給(固定給)歩合給及び諸手当を含めた平均賃金は別紙第一記載の通りであるのに、申請人等は前記休業補償協定の結果同年七月二十一日より平均賃金の百分の六十にあたる金額として、別紙第二記載の如き金額を受領しているにすぎず、正当な事由なく就労を拒否されたこととなる同年十月一日以降もこの状態が続いているため申請人等はいずれも同居又は別居の扶養家族を抱えて日常の生活費にも事欠く状態にあることが認められる。従つて申請人等は本案判決の確定をまつては現在の生活に回復することのできない損害を蒙むるおそれのあることが容易に推察されるから、申請人等の当面する現在の危険を排除するため少くとも平均賃金の支払の仮処分を求める緊急の必要性があるものというべきである。
(三) なお申請人等は就労をなさしめるべき旨、及び差別待遇禁止の各仮処分をも併せ求めているものであるが、
元来提供された労働力の配置、使用は使用者の権利に属し義務に属するものではないから、特段の事由のない限り、その対価としての賃金の支払をなせばかならずしも就労せしめねばならぬものではなく、又本件の場合、疏明によれば被申請人会社は申請人等がいわゆる第二組合に属するが故に差別待遇する意図を持つてその就労を拒否しているものとはにわかに断じ難いのみならず、むしろ神奈川県ハイヤー、タクシー労働組合中央交通支部との間に申請人等の処置につき円満なる話合解決をした上、申請人等を就労せしめんとして、(その当、不当は別として)申請人等の就労を拒否する結果となつたものであり、被申請人会社としてもその解決のために努力しているのみならず、申請人等においても平均賃金を得れば、たとえ、現実に就労した場合に得るであろう季節的増収及び乗客からのチツプ等の賃金以外の特別収入を得なかつたとしても回復し難い損害を受けるとは認められないから、少くとも平均賃金の支払を命ずれば、そのいずれの仮処分もその必要性を認め難い。
よつて本件仮処分申請中、平均賃金の支払を命ずる部分はこれを認容し、その余の部分はこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用し、主文の通り決定する。
(裁判官 久利馨 石田実 篠原昭雄)
(別紙省略)